父から受け継いだ、自由で愛おしい財産の話

港区のビル群に囲まれた法律事務所。
パラリーガルとして働く私のデスクには、今日も分厚い調停記録が積み上がっている。無機質な書面の上で、かつては同じ食卓を囲んでいたはずの家族が、代理人を通じて冷酷な言葉をぶつけ合う。
既にこの世にいない「主」が遺した土地や預金をめぐる、終わりの見えない泥沼の争い。
想いは置き去りにされ、残された数字が人々を豹変させてしまう。そんな光景を日常的に見ている私は、ふとした瞬間に父の顔を思い出し、胸がぎゅっと締め付けられるのだ。
助手席で聞いた、父の十五年計画
実家は、小ネギを育てる専業農家だ。
昨年末、帰省を終えて空港へ向かう車中。
朝のラジオの音が流れる静かな空間で、父はポツリと、まるで今日の天気を予報するような淡々とした声で言った。
「税金の関係で、あと15年は経営をたためないんだよな」
おじいちゃんから引き継いだあの土地を、負債のない完璧な状態で私や弟に引き継ぐ。
それが父の、人生の後半をかけた決意なのだという。
助手席の私は、喉まで出かかった「そんなの頼んでないよ」という言葉を飲み込み、ただ「へー」と短く返すことしかできなかった。
父が完璧な相続に固執するのは、おそらく自分自身が苦労したからだ。
父よりもさらにマイペースで頑固だった祖父から土地を引き継いだとき、父がどれほどの重圧を背負い、戦ってきたか。
だからこそ、私や弟には少しの傷もないバトンを渡そうとしてくれているのだろう。
けれど、パラリーガルとして「死後の財産」の虚しさを見続けている私は、どうしても思ってしまう。
お父さん。
私たちが本当に欲しいのは、15年後の完璧な土地じゃない。
お父さんが、お父さん自身の時間を、今この瞬間から取り戻してくれることなんだ。
そもそも、私が父から受け継ぎたい一番の財産は、とっくに相続済みだった。
母が厳しくて、あまりおもちゃを買ってもらえなかった子ども時代。
弟が「トミカが欲しい」と言ったときだけは、父は「待ってました」とばかりに目を輝かせて玩具屋へ連れて行ってくれた。
甘いものが好きで、ひとたび美味しそうなお菓子を見つけたら迷わず買って、少年のように自慢げに見せてくれた。
自分の「好き」に素直で、誰にも邪魔されずに自分の世界を楽しむその気質。
それこそが、私が東京での生活で一番大切に守っているものだ。
「自由」という名の、もう一つの相続
休日の午後。
お気に入りのヘッドホンをつけて、誰にも邪魔されずに好きな音楽に深く潜っていく時間。
周囲の音を遮断し、ただ自分の心と音だけが共鳴するそのひとときに、私は確信する。
お父さんが守ろうとしているネギ畑よりもずっと深く、お父さんの魂のような部分は、私の中にしっかり根付いている。
目に見えないけれど、これ以上なく強固な財産として。
もう私たち姉弟は、自立して、自分の足で歩いている。
だから、あと15年も無理をしてまで、バトンを繋ごうとしなくていい。
本当は一日でも早く農機の音を止めて、大好きな車いじりをしたり、大好きなお菓子を心ゆくまで食べたりしてほしい。
お父さんが「誰かのため」ではなく「自分のため」に笑う姿を見ること。
それが娘である私の、たった一つの願いなのに。
東京のスーパーには、お父さんの作ったネギは並んでいない。
私は今日も、別の誰かが作ったネギを買って、カゴに入れる。
そして、いつかお父さんが「自由」という名の財産を自分自身に贈る日を、東京の空の下で願っている。
#いまあなたに伝えたいこと
